語が現実を変えるか 〜自問

2/10付本文及びコメント欄より続く。

  • 次善

自分の配偶者をさしていう語として、私の属するさまざまな社会のうちで、すこしあらたまった場面で用いるのに、適切なのは何か。
「家内」と言うのには少なからぬ抵抗がありました。自分が配偶者を支配しうるものとして扱うような印象があったのだと思います。
そこで選んだのが「妻」でした。もっとも一般的な語と思いました。しかしそれを窘められ「家内」におきかえたのは既述のとおりです。


そのときに改めて考えてみました。なぜ「妻」より「家内」が適切とみられるのか。
語源や伝統的な用法とはべつに、私の抱く語感としてはどうか。
[自分と配偶者]対[それをとりまく外界]という関係においてつかわれる「家内」は、配偶者のみならず、話者たる自分もともに外界に対してへりくだった位置を示す機能をもつのではないか。漠然とそんな感じがしました。
「家内」はあまり好きな語ではないが、それが無難な選択とされるならしかたあるまい、と思ってました。

  • 差別語とは

このような認識にたつとき、「家内」の語源として誰もが想像するであろうはずのなりたちを以て「家内」を差別語と見做す立場のあろうとは想像の外でした。


「家内」がひろく蔑称として差別や抑圧の道具のように用いられてきたのでしょうか。
「家内」がその語源と想像されるところに拠って女性の役割を局限するのに大きな役割を果たしてきたのでしょうか。語を置き換えなければそれが解決されないほどに。
私には想像の外でした。


仮令「家内」という語を用いる者はサベツシュギシャであるなどといわれたところで、私が「家内」と言うときにそれがさす対象は世界にただ1人であって、その1人がなんとも思っていない以上、何が問題になるのでしょう。
たしかに、自分と配偶者の関係を意識して「家内」をとらえるかぎり、それは役割や互いの関係を記述するようにみえるのかもしれません。でもそれが特定の一家庭内の問題ならば、他人の容喙すべきことではないともいえそうです。
それとも、私が「家内」と言うことそれ自体が社会における女性の占める位置を再生産するようなことにつながるのでしょうか。
たとえば「家内」という語を繰り返し用いていると、当事者たちの意識にかかわらず、その語源と想像されるような状況が再現されることをおそれなければならないのでしょうか。

  • おきかえること

ともあれ、「家内」という語に話者の差別や抑圧の意識を、あるいはそうでなくても少なくともそれらに関する無神経さを感じとる人がいても不思議はないのでしょう。
その是非は別として、私がそのようにみられるのは心外といわざるをえません。
それを避けるには、語をおきかえるのがかんたんです。では何に。


くだけた場ではまあいろんなことがゆるされるとして、あらたまった場ではどうか。
たとえば、会社で上司に向かって次のように言うとき、[ ]内に何が適切か。
「じつは[ ]が入院したので、見舞いに寄りたいのですが。」


「家内」にかえて「配偶者」とか「パートナー」とか「結婚相手」とかの語は、今の日本の社会の多くの場面で、相手の意識に違和感を及ぼすのではないでしょうか。そこではその語が発せられたとたん、おそらく一瞬にして、こいつなんてことばづかいしてんだ、などとの疑念を抱かれること必定のような気がします。
「家内」と言っておくのが無難。私の属する社会の多くの現実は、そんなものではないかと思います。

  • 変えること

そこで敢えて耳に障る語を用い、以て社会を変える尖兵たらんとす。それも必要なことかもしれません。
しかしどうも私には、「家内」でなく別の語を用いることが世の何を変えることにつながるのか、よくわからないのです。
別の場面で私が実践していることをひきあいに考えてみると。


たとえば、目の前にいる不埒者に直接、異議を申し立てる。
このとき、私の言動が媒介となって、相手の意識が影響をうけ、その行動が変わるかもしれない。
そのつみ重ねは、やがて世の中が変わることにつながるかもしれません。


あるいは、暦年を記述するとき、日本国の元号を可能なかぎり用いない。
このつみ重ねも世の中を変えるかもしれません。
これはことばのおきかえにすぎなくて、それがひろまるだけのようにみえても、それで人の意識が変わると思っています。


「家内」も元号のようなものでしょうか。よくわかりません。

  • 結論めいたこと

「つれ」は私にはぞんざいな感じがします。「つれあい」ならそうでもありません。
さしあたり、自分の語法に「つれあい」がうまく収まるよう、練習してみることにしましょうか。


今回、改めていろんなことを考えました。
その契機をくださったいっとくさんやnaginoさん、さまざまな用例などを披露してくださったみなさんに感謝します。