美しき・・


2階3列目、ほぼ正面、演者とほぼ同じ高さの席。音響ではたぶん理想に近い席と思います。
定刻にMarie-Claire Alain登場。遠目には70歳代にはみえません。


制御された残響。音場の中にいる実感。
音のエンベロープ、すなわちADSR、attack・decay・sustain・releaseが際立って聴き取れるかのような感じがします。
2台のビデオカメラが演奏をとらえ、スクリーンに映写しています。ペダルをヒール&トウで操るところもわかります。


配付されたプログラムには、BWV1080から第5曲とあります。なんと!
"die Kunst der Fuge"「フーガの技法」全曲中、もっとも美しい曲と思っていました。高校以来、何十回、いやもしかしたら何百回聴いたことでしょう。
Gegenfuge ueber das variierte Thema und seine Umkehrung in einer Wertgroesse(vierstimmig)
変形主題とその展開に基づく1種類の時価による反行フーガ(4声)
技法の持つ機能美というより、そこにあるのは比類なき造形美にほかならないと思います。


固唾を呑んで最初の音を待ちます。しかし。
きこえてきたのは、反転された主題ではなく、リズミカルな三連符の装飾。スコアの排列では掉尾近くに登場するカノン*1でした。
愛らしい佳曲なんだけど、音数が多いだけに、チェンバロでの演奏に向いてるように思いました。BWV1080には演奏楽器の指定がないのです。


全体を通じて、演奏には少し戸惑いを禁じ得ません。ときに走ったり、躓きかけたり。
意図された、あるいは天性のゆらぎとは異質のもののように感じられてなりませんでした。
明らかなミスタッチもありました。聴きなれた曲が多いだけに、ことさらめだったのかもしれません。


'83年にホロヴィッツが来日した際の演奏について、吉田秀和氏が評したことばが思い出されたことでした。
「美しき骨董、しかしひびが入っている。」

*1:帰宅後確認したところ第15曲と判明。これを第5曲と誤植したのではと想像されます。