春告魚を賞でる

予て話題の北欧産鰊罐。



前史
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今般mameさんが闇ルートで調達した品をみんなで賞味するはこびとなった。


屋内開罐に伴う危険を避けるため、近所のどぶ川へ。
各自雨合羽やゴーグルなどで武装。私は一民間人としての参加のため重武装はしないつもりだった。
とはいえ、その後の社会生活そなえて不慮の飛沫感染は避けたく、ビニールの特大ごみ袋に穴を3つあけて簡易合羽を作って着用。
日暮れどきではあったが、目の保護のためサングラスはかけたままとする。


周囲の状況を鑑みるに、万一爆発しても大きな被害はなさそうだ。では、ナマ開罐に挑もうか。
しかしみなさんそれぞれに最悪の事態を想定されたようで却下。
罐も罐切もビニール袋に入れて封し、その外から開罐を試みることとした。



開罐


いざ一刀。穴から薄茶色の液が細く噴出してビニールの内面にあたる。
さてどうする。切り進むか。開口部が大きくなれば減圧は早く進もう。噴出する液の量も少なくてすむが。
切腹ならこのへんで介錯されるところだろうか。
暫し噴出するさまをたのしむ。


初期噴出がおさまってから開罐続行。罐の直径は10数センチほどもあるので、1周はそうとう長い。
液をこぼさぬよう切り進める。ビニール内にすでに漏れた液がぐちゃぐちゃして気になる。
最後は1センチほど切り残してステイオン。蓋部分を開くため罐切の端を引っ掛けるのに苦労。


蓋を開くと、意外にも長やかなる、青やかなる鰊の身が目にうつる。



芳香


第一印象は硫黄のにおいである。
しかし腐臭のようには感じられない。この香りにごちそうの気配を感ずるのは生物の本能のなせるわざか、人間の文化か。


箸をつけると身はやわらかそうだ。内臓のかけらなども箸にかかる。
さすがに1尾をとるのは躊躇され、箸できりわけようとすると、皮が切れにくいことがわかった。


添え物として、各種パン、玉葱薄切り、アスパラ他野菜のおかずなど、mameさんとくいくいさんが用意してくださった。
まずパンの上にのせてみる。汁がパンに染みている。


口にすると、それほどくさくない。液には少し刺戟感もあるが。
たとえば鼻をつまんだり吐き気をこらえたりしなければ嚥下できないといった代物ではまったくない。
塩辛い中に魚のうまみが感じられる。不快ななまぐささもない。


周囲のにおいは薄れたように感じられる。罐内の醗酵ガスが噴出・拡散してしまえば、身や汁にはそれほどくささがないようだ。
それとも、鼻腔から体内にかけてすでにこの芳香に満たされてしまっているのか。


同行のカナリヤ各位はすでに遠巻きである。
思うに、発酵ガスは、高濃度よりむしろ、空気にふれて一定比の混合気の形成されたところがもっともくさくなるのではなかろうか。


それはともかく、作戦展開中のどぶ板は思いのほか人通りが多い。この時分、犬の散歩道でもあるようだ。
犬はきまって、われわれより遠い側を歩いていく。
抵抗したのか、飼主に抱えられて通っていった犬もいた。トラウマにならないことを祈る。



味得


食べすすむうち、くささおそるるに足らずとわかった。身のやわらかさをもっと堪能したいと思った。
手にとってみる。このしなやかさはなまめかしくさえある。
1本を端から齧る。皮のなめらかさが唇に感じられる。身の太きを噛み切る感触もたまらない。


どうも、生のまま塩漬にしてあるように思われる。塩以外の調味料や香辛料はつかわれてないようだ。
塩と醗酵だけで、もしかすると生を超越する味わい。鰊の刺身というのは未だ食した記憶がないが。


子持ちの個体もある。数の子である。これはみんなで取り合いになった。
内臓の量は少なかったようだ。一部除去してあるのかどうかわからない。
頭は除かれていた。眼窩、頬肉、脳髄など、焼物にすると美味であるが、醗酵には適さないのかどうか。


いつしか、罐内の固形物は食べ尽くされていた。
汁をパンを浸して食べる。そしてさらに、残った玉葱をすべて缶にぶち込んで混ぜる。
玉葱がじつによく合う。玉葱をもっとも美味しくいただく方法の最右翼ではあるまいか。


さて、さらに残った汁をどうするか。
罐に口をつけて啜ってみる。味わい深いものの、塩辛さの濃度は醤油ほどもありそうだ。
ひとり飲み干す能はず。



残香
その後数時間にわたって、身体周辺に芳香を放った模様。
手は洗ったあとも、芳香のみならず、高濃度溶液の感触さえ残る。熱を帯びたような、少しひりつくような。
それも味わいのうち。シュールストレミングは手掴みに限る!



謝辞
mameさんには食材調達のみならず、各種資材準備、斥候、自家用車による廃棄物運搬まで、万端お世話になりました。
くいくいさんにはお手製の野菜ランチボックスをご用意いただきました。
おおわきさんは従軍記者として、食慾を抑えて取材にあたってくださいました。kobaさんもレポートを書いてくださってます。
戦友各位、カナリヤ各位、座敷牢にて残り香を共有されたかたがたにも御礼申し上げます。