「主張する勇気」と演出

L.v.ベートーヴェン「フィデリオ」
'05.6.2. 新国立劇場オペラ劇場
ミヒャエル・ボーダー指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

やっとこさ詳報です。



前日夜になって突然、余った招待券をいただけることになった。
歌劇鑑賞など未経験。もちろん初めての曲だし、寝ちゃわないだろか。


昨年暮れ、同じ会場で「胡桃割人形」をみたときには、音響の凄さに驚いた*1
あの音を聴くだけでも、行ってみる価値はありそうだ。


券をみると。端のようだけど前から5列目。買えば1万8900円だって。


同行のあゆこさんには、どんなおはなしか調べといてねってお願いしてたのです。
で、きいたら、「妻が夫を助ける話」だって。19世紀的内助の功物語ですか。
会場の宣伝物をみると。大略次のようです。


権力の悪と戦って投獄された夫。妻レオノーレは男装してフィデリオと称し、監獄の下働きを務め、夫が監獄長に殺されそうになるところを救う。そこに司法大臣の査察隊が到着、監獄長の悪行があばかれ大団円。


へー。歌劇っていっても、ラテンの色恋ばっかりじゃないんだね。
これがベートーヴェン唯一の歌劇だなんて知らなかった。


第1幕


序曲?が始まる。
音は、塊がぶつかってくるような印象。分離も反響も、客席ほぼ中央で聴いた「胡桃割」とは較ぶべくもないか。


舞台の開口部はほぼ正方形にみえる。
幕があく。手前に大きく傾斜した舞台面の中央を巨大な多角柱が貫いている。それが舞台空間の大部分を占め、天井まで続く。


多角柱をとりまく暗い斜面を赤いワンピースの女性がおりてくる。手には懐中電燈?19世紀の設定じゃないんだ?
トランクを開けて着替え、男装。その風情はなんとなく、欧州大戦間時代の労働者だ。


囚人を引っ立てる看守兵のいでたちはナチスを連想させる。ハーケンクロイツこそないが。
舞台上手の扉が開くたび強烈な光がさしこむ。扉の外からさす日光という演出。多角柱は石牢のようだ。


初めてみる歌劇の舞台演出に気をとられ、音楽としての鑑賞が疎かになってるような気もする。
歌が台詞で楽曲は映画音楽みたい。歌劇は昔の映画か。


とはいえ、歌詞のききとれるはずもなく。日本語字幕が頼り。
驚いたのは、楽団演奏を背景に、地の台詞が語られる場面のあること。歌劇ってすべて歌で語るのかと思ってた。


台詞はゆっくり、朗々とした実に美しいドイツ語である。台詞なら少しはわかる。
でもこれは母語話者の歌手ならではであろう。脇役の日本人歌手に台詞はなさそうだ。ガイジンが歌舞伎を演ずるようなものか。


主役級の声量はさすが。それでもさすがに楽団の総奏には負けることもあり。
楽団はバレエのときよりは小編成のようにもみえるけど、これで古楽器だったら歌とバランスがとれるのかな?


お話は進み、多角柱の牢内に入る場面。
多角柱を構成する垂直面が1枚ずつ上にせりあがり、牢内との接点が開かれるしくみである。
この舞台装置は幕間25分間のあと、第2幕でも変わらなかった。


第2幕


囚われの主人公フロレスタンはじつに恰幅がよい。声楽家たるもの役づくりのために痩せるわけにもいかないのであろうか。
監獄長が兇刃を揮い、レオノーレが身を挺して防ぐ。手には銀色の自動拳銃。
このような見せ場では歌のききとれないのがもどかしい。次はぜひ予習して臨まねば。


高らかなる喇叭の音が司法大臣登場を告げる。舞台は終盤へ。
視察団とは別に、石牢のまわりに1人、また1人と現れる白服の女性はなんだろう。天使か?
舞台が明るくなってくると、現れたのは数十組の式服の新郎新婦とわかった。主役たちをとり囲むようにして大合唱となる。


天井近くまで多角柱はせりあがり、舞台中央の巨大な開口部をとりまくように残った斜面がまるで宮殿の階段のよう。
一転華やかな舞台から、多角柱の下端がシャンデリアのようにさえみえてくる。


数十組の新郎新婦は、解放された囚人たちの化身か。主人公夫婦の心象表現としてあらわれたものか。
主人公たちの独唱の内容に合わせて数十組がそろってみせるしぐさがそれを物語る。
それにしても。この演出には、終曲近くの楽曲の大仰さと相俟って、どこか鼻白む思いを禁じえなかった。


初めて第9交響曲第4楽章をきいたときを思い出した。
苦悩を克服した末の歓喜という主題を表現するには演出過剰ではないかと思われた。3楽章までの美しさや気高さが4楽章で損なわれるような気さえした。
こうした構成は時代精神の反映のようなものだったのだろうか。


「フィデリオ」で歌われる「自己の信念を主張する勇気」に装飾は似合わないと思った。


むすびにかえて


とつぜん「フィデリオ」をみにいく、との報*2のあと、Poreporeさんの"- C'est la vie-"6/3付より。

昨晩はやはりフィデリオで盛り上がる。 オペラは出会いだからね〜。 一期一会的な面が他のコンサートよりも多し。 Paも異常にうらやましがる。 今回のは評判いいし。よかったですね、K氏。 これを機会に古典派、ロマン派、印象派などもぜひぜひ。
私も一瞬のチャンスを逃さぬよう常日頃基礎体力増進に勤めねば。

初めてのオペラで「フィデリオ」と出会えたのは幸運だったと思います。未知の体験。
ただ今回は終盤の演出に違和感をおぼえたのが少し残念ではありましたが。
音だけを聴きこめばまた違った印象も生まれるかもしれません。
次はぜひ新郎新婦の出てこない演出で見てみたいな!