古き佳き鈍行

昨日付拙稿と同根、ロイ常一郎さんの「怠惰な考察」本日付「普通列車の旅」より。

id: poco29さんのブログを見て思い出したのだが、山陰本線普通列車に乗って京都から下関まで行きたいと思ったことがあって調べたことあった。京都を初電で出発しても、その日のうちに下関には着かないのだ。

私がよく貧乏旅行をしてたころに存在した日本最長の鈍行というのが、たしか門司発福知山行きでした。
なぜか下りはなかったような。関門トンネルから山陰路を貫き、京都府に突入したところで終わり。
その先、山陰本線は京都へ向かい、分岐する福知山線は宝塚経由で尼崎へ。昨年の大事故ですっかり有名になってしまいました。
国鉄時代には福知山鉄道管理局という地方組織があったりしたので、それなりの拠点だったわけです。


この最長鈍行にはそのうち通して乗りたいと思いながら、列車廃止と私の就職のどちらが先だったか。
大学1年の終わりに山陰を旅した折、ごく断片的に乗ったかもしれません。


さらに昔、たぶん'70年前後までは、上野青森間、しかも奥羽本線秋田経由などという長距離鈍行があったらしい。
書庫から古時刻表を発掘すれば検証できるんだけどなー。