伝説の一夜

前日の通し稽古を見たのは2階中央左寄りで前から3列目でした。
本番は同じく2階だけど右寄り、17列目ともなると3階席の下に潜り込んだような心持ちです。
しかし。客席の熱気が前日とは明らかに異なるものです。


最初の音は鉄琴?お馴染みのあのフレーズ、「黒船」A面1曲目冒頭の音とともに幕が開く。
打楽器を多用した導入部が終わるといきなりこれまたお馴染みの太鼓に続いて「黒船」6月2日に突入。
「墨絵の国へ」本編と続く2曲目「何かが海をやってくる」をとばしたのがちょっと残念だけど。
1 墨絵の国へ(導入部)
2 黒船
  嘉永6年6月2
  嘉永6年6月3日
  嘉永6年6月4日

「6月4日」は舞台終演の曲としてよく使われてきたものの、2日から通しの演奏は30余年ぶり?
あの複雑なリズムが目の前で展開。生ならではのグルーヴ感を伴って。


曲間は加藤と小原の軽妙な会話がつなぎます。本番も通し稽古と同じような雰囲気。
「アルバム『黒船』はクリス=トーマスがプロデュース、磁気テープなどによるローテクを駆使した録音だったので、生で再現するのは至難の業なんです。」
「自分たちのやったことを30年以上経ってからコピーするのがこれほど大変とは思わなかったね。」
「ではもう少し昔の曲を。」 
3 颱風歌
間奏で鍵盤奏者が出してた電子音は「テルミン」かな?あるいはそのシミュレーター。
4 どんたく
祭りの名と思ってたけど、この曲を初めて聴いたとき、日曜の意もあることを知りました。転じて休日。半ドンという語も同源。
オランダ語ゾンタク?ドイツ語ならder Sonntag。
「アルバムに入ってるチャックの音、あれ録るのに、みんなでチャック上げ下げして大変だった。指挟んだりして。」
「指じゃないものを挟んだ人もいた?」


舞台上は前後2列、前左に高中、右寄りに加藤と小原。
後ろは左から鍵盤、打楽器、高橋、バックボーカル、ギターという布陣です。
バックボーカルのおねいさんは、前日のタンクトップからかわって、肩のあるうわっぱりをお召しですね。
でも、踊りというか、振りのかっこよさは抜群。妖艶な上肢から肩の線、首の動きにいたるまで。


「次はユキヒロから、これやってよ、ってリクエストのあった曲。生で演奏するのは初めてです。
加藤和彦節ですね。」
ときけば見当がつきます。
5 四季頌歌
やはり。
これをしょうかと読むとはこの曲で知ったのでした。
曲半ばに意外にちゃんとしたギターソロがあったのですね。


「では新しい息吹を。」
新生ミカエラバンドのあの曲、強力なリフに乗って、舞台中央上方から巨大な蓮の花が下りてきます。アルバム表紙の蓮です。
徐々に花が開いて中からカエラ姫登場、舞台に飛び降りて歌い始めます。相変わらずの存在感。
6 Big-Bang,Bang!(愛的相対性理論)


小原「あれに乗るの、こわい?」
木村「そりゃ、こわいですよ〜」
小原「俺が乗りたかった。」
木村「じゃ、わたしがベース弾きましょう。」


高橋は太鼓を離れ、電子機器の調整に少々手間どってるようす。その間を会話でつなぎつつ。
通し稽古では発言のなかった高橋がテキトーに会話に加わってます。
7 Tumbleweed
8 Last Season

ここでいったんカエラ退場。高橋は太鼓に戻り、新作から旧楽団員中心の曲が続きます。加藤が曲目紹介。


「高中君の曲です。」
9 sockernos


「小原のすべてが凝縮した曲。」
10 King fall


「ユキヒロが書いてくれました。」
11 in deep hurt


12 NARKISSOS
13 ギター独奏

通し稽古では、高中はギターコントロールボコーダー?を駆使してました。
タカナカ星人を演じて小原と会話したり、「帰ってきたヨッパライ」をやったり。1作目から「怪傑シルバーチャイルド」の一節も登場。
加藤が小原に「アメリカでは悪いことしてたんでしょ」というと、その後ろでパトカーの通過音を弾いたり。ドップラー効果つきで。
しかし本番ではこれらは再現されず、バイオリン奏法のソロ、曲は「珊瑚礁の妖精」だっけ?


そして再びカエラを迎え、山場になだれ込みます。
14 BOOGIE MEDLEY:サイクリング・ブギ〜ピクニック・ブギ〜ダンスはスンダ
この構成は'89年公演と同様。「ダンスはスンダ」での楽団員紹介も。
それにしても、カエラのナマ歌のこの貫禄は、8月の宣材撮影のときにはなかった。ロック歌手としての成長著しいのか。


「サイクリング・ブギ」に出逢ったのは小6のころ、ラジオを聴きながら5段変速の自転車で多摩川やら都心やら走り廻ってた。
ローストビーフという料理がこの世に存在することを知ったのは「ピクニック・ブギ」のおかげ。
などと暫し感慨にふける。


そろそろ大団円か、というところで小原の話。
「新作で作詞をしてくれた人が近所に住んでるんで、出てくれない?って電話したら、いいよ、って奥田民生!」
これは意外でした。
通し稽古だけでなく本番にも登場。本番では高中の爪弾く♪なぎ、さへ行こう〜の節に乗って。
15 Sadistic Twist
あのフクザツな音韻の詞をカエラはよくぞナマで歌いつくしましたね。
詞にモチーフのように用いられる「sakusaku」とはカエラPuffyもかつて出演したテレビ番組名からとられたのか。
「まだまだダンスはすんでない」なんて本歌取りもあったりして。


「次は奥田民生が昔コピーしてた曲。」
奥田の奏でるイントロのリフは、1枚目のあの曲!
16 アリエヌ共和国
眠くなるのは砂男のせい、という松山猛の詞を初めて聴いたとき、思い出したのは下掲書*1に出てくる砂売りおじさんでした。


奥田退き、高中のファンキーなイントロは
17 塀までひとっとび
盛り上がって、終わりそうになってまた続く展開、もう2、3回やってほしいな〜との思いを残しつつ終演。


アンコールでは、加藤が楽団員をひとりずつ呼び出して肩をだきあいます。
まずサポートメンバーから。ギターと鍵盤に、
「僕たちよりもはるかに原曲をよく知ってます。『加藤さんそこ違いますよ』なんて言われたりして。」
かっこよく色っぽいバッキングボーカルには、 
「お父さんはグレートドラマーだけど娘さんもグレート!」
さすがにこの人とは抱き合わず両手を合わせただけでした。
そして旧友たち。
「生涯の友、高橋ユキヒロ!」
「ギター1本で語る男、高中正義!」
「この人なくしてこのグルーヴ感なし、小原礼!」
小原が引き継いで。
「この人がいなければミカバンドはありませでした。加藤和彦!」


演じられたのは新作から意外な曲。
18 Low Life and High Heels
そして小原。「さっきハードディスクが不調で不本意なので、もう1回やってもいいですか?」
なるほど、撮影素材として再演。
10 King fall


通し稽古のときはここで、「あとやってない曲、なんだっけ?」「卒業写真?」などという漫才があったりして。
カエラと奥田を迎えて。
18 タイムマシンにおねがい
間奏ではギターが細かに刻むところをリードにかえてて、ちょっとものたりない感じもしました。
カエラの歌は絶頂です。


しかし、曲の終わり近くで事件はおきました。
ここまで完璧にこなしてきたカエラが、なんと初歩的なまちがいを!
これは、もう1回録りなおしをやるかな!?しばらく居座ってみるか?


でも期待空しく、客席に燈が入り、聴衆が帰り始めます。
みなさん再演への期待はないのね。アンコールで主客燃え尽きたか。


ミカバンドおそらく最後の公演、最後の演目でのこの事件も歴史のひとつとしよう。
バンドはみごとに過去と現在を切り結んだ。
サポートメンバーの助けもあったとはいえ、まぎれもない現役バンドの実力を示した。
ただ、'89年公演の映像の印象に比べると、みなさんその場に立ったままの演奏が多かったけどね。
でも高橋は自ら歌う2曲を除いて、その余の曲すべてを叩き尽くした。
そして、バンドはカエラという逸材の潜在力をあますところなく引き出した。
カエラもまたバンドを生まれ変わらせる触媒の役割を果たした。
伝説の一夜。

*1:ポ−ル・ギュット「ムスティクのぼうけん」塚原亮一訳、学習研究社、1966年。