思い起こす文献

kogkog2011-04-13



1 海の壁


初めて三陸を旅した18歳の秋、田老で巨大な城壁のような防潮堤を見た。帰ってから文献を探し本書にめぐりあった。
リアス式海岸について小学校で学んだとき、津波の被害が大きいとは聞いた気がする。明治の津波で2万人以上が亡くなったこと、その後防災策が進み1933年と1960年の津波では被害が小さくなったことなどは本書で知った。
読後、明治時代を超える被害はもう起こるまいと思った。それが起こった。


地震で散乱のいっそう進んだわが書庫を探して本書を見つけた。奥付をみると1970年の初版だった。
この時代、著者は執筆に際して明治の津波の生存者からも取材することができたという。
記録小説で知られる著者がルポルタージュのような形をとったのは、小説にするには事実があまりにも重すぎたせいかとも思える。
今の現実はそれどころではあるまい。



2 恐怖の2時間18分


文庫新刊で読んだ記憶がある。ということはチェルノブイリ直後か。
'79年のスリーマイル事故に関する柳田邦男のルポルタージュである。さすが緻密で実証的という印象だった。
事故時は制御室計器の警報表示が頻発し錯綜し、その意味するところを人が判断できぬまま時間が経過したという。
それでも放射性物質の流出は2時間18分で止められた。福島はすでに1ヶ月経ってなお見通しが立たない。


原子力について知ったのは小学校3年のときだった。近未来の科学技術について解説したような本で。
たとえば1滴の水を半分にし、さらにその半分に、ということを繰り返していくと、やがてこれ以上分けるともう水ではなくなるところに行きつく。素粒子の概念をそんな話から説き起こしていた。
原子炉とは中性子を吸収する制御棒と冷却水循環によって原爆のエネルギーを抑制しつつ利用するものということがそのときわかった。


小学校6年の国語教科書に原子力平和利用の堤燈教材が、という話題は'04/12/21付既出。
福島の原発が稼働を始めたのはその少し前だったことになる。震災後の報道で気づいた。



3 朽ちていった命


文庫新刊で入手してあって、読んだのは昨年。
上掲書2を著した柳田が巻末解説を書いている。氏は'60年代前半、3年余にわたって広島の被爆者を取材した経験があるという。
「私にとっては、核兵器による被爆原発事故による被曝も、同じ視野の中にあった。その経過の中で、私は大量の放射線が人間にもたらすものについて、わかったつもりになっていた。そのわかったつもりを打ち砕かれたのが、本書によってだった。」


'99年の臨界事故で技術者は一瞬に20シーベルト中性子線を浴びたという。8シーベルトの被曝で致死率は100%だそうだ。
病院に搬送されたときは意識もあり重症には見えない。しかし被曝により染色体が破壊され、細胞分裂ができなくなっている。
やがて免疫機能喪失。日やけしたくらいに見えた皮膚が壊死し再生しない。内臓の粘膜が失われ消化吸収ができなくなる。
事故から亡くなるまでの83日間を克明に記録している。凄絶である。



4 2万5千年の荒野


連載から数年遅れて年4回刊行されている増刊号を定期購読しようと思い立ち、初めて買った号の巻頭がこの作品だった。
それが'86年4月だったと記憶する。チェルノブイリ事故の起きたまさにその月。
初出は'84年7月、スリーマイルの5年後。ロス五輪開幕直前に近郊の原発で事故が起こるという架空の物語である。


原子炉の試運転中に外部電源が停電。炉は緊急停止するものの、補助電源のディーゼル起動に手間取るうち、冷却機能が損なわれ炉心が過熱、圧力が高まって冷却水が入らなくなる。爆発を避けるため、最後の手段として汚染蒸気を放出して圧力を下げようとするが、逃がし弁が開かない。運転前の弁の点検は、稼働を急ぐ経営幹部の判断で省略されていた・・
そこで主人公登場。高濃度汚染された建屋に入り狙撃、配管を撃ち抜いて圧を下げ、炉の爆発を防ぐ。


専門家がみれば所詮つくり話にすぎぬのか。原発事故を想定する上でありそうな話ではないのか。
電源喪失、冷却水喪失、圧力上昇という過程は先月福島で起こったことと類似しているようにみえる。
物語には地震津波もない。電源喪失だけで、その後の復旧工程を誤ると爆発が起こりうることを示している。
福島では弁の開放が遅れ、冷却のための海水注入の判断も躊躇されたと伝えられる。建屋はいともあっけなく吹き飛んだ。



1 吉村昭 *1「海の壁―三陸沿岸大津波中公新書中央公論社、1970年。asin:B000JA33N2 装幀 白井晟一
 文春文庫版、「三陸海岸津波文藝春秋、2004年。asin:4167169401


2 柳田邦男 *2「恐怖の2時間18分」文春文庫、文藝春秋、1986年。ISBN:416724005X
 初版、同、1983年。ISBN:4163379800


3 NHK東海村臨界事故」取材班「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」
 新潮文庫、新潮社、2006年。asin:4101295514 デザイン 新潮社装幀室
 初版、NHK取材班「被曝治療83日間の記録―東海村臨界事故」岩波書店、2002年。asin:400005872X


4 さいとうたかを「2万5千年の荒野」、
 「ゴルゴ13(Volume55)」SPコミックスコンパクト所収、リイド社、2005年。asin:4845825937 Cover Design: G・HIGH
 初出、1984年。


3朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫) 4[rakuten:arcambooks:10177357:image]

*1:'06/2/213/31付。

*2:'04/5/25'05/3/23付。