相対化する契機

言海 (ちくま学芸文庫)
大槻文彦言海」初版、1889年。縮刷版、1904年。ちくま学芸文庫版、筑摩書房、2004年。ISBN:4480088547


巻頭文典を通読してから所感を認めるつもりが、上掲いかなごにつられての登場です。


先週、閉店間際の書店で見つけて衝動買い。文庫版とはいえ、大判の底本を複写して縮刷版を覆刻したに近い。
文語、舊字舊假名、變體假名揃い踏み。細かい活字が潰れて判読に苦慮するところもある。
ともかく明治の時代精神に触れ、その語彙語義に親しまんとす。


それにしても、序からして白文である。新刊のころは、これを読み下す素養があたりまえであったのか。
「文明者何。」から説き起こし、「此書盖追逐西國辭書之第一歩。」というに到る。


跋「ことばのうみのおくがき」はこよなく美しき文語である。
文部官僚であった著者が職務として編纂に着手しながら、栄達を捨て、最後は私財を投じて上梓に到る14年の苦労など語られる。
「後世いかなる學士の出でて、辭書を編せむにも、言海の體例は、必ずその考據のかたはしに供へずはあらじ」


さて、この辞書を使いこなせば、文語文も漢文も自在に読み書きできるようになる!
と思いきや、意外に、古典漢籍の語彙が豊富というわけではなさそうである。例文の出典もない。
といって、明治期に輸入され訳された西欧近代の術語に詳しいわけでもないようだ。
語学書としてはどうか。巻頭に文典が編まれてあるが未読。私は評価の任に非ず。


現代の国語辞典とはずいぶん趣を異にする。読みものとして味わい深いのではと思う。
明治の生活や風俗、知識人の意識や関心の所在を伺うには恰好かもしれない。
それは現代の自分を相対化する契機ともなりうる。


morio0101さんに倣い、引用を以て結びとする。「たぬき」の項。


「・・・人家ニ近ク穴居スルモノハ、頭疲セテ狐ノ如ク、肉食フベシ、頭ノ圓クシテ猫ノ如キハ、臭気アリ、食フベカラズ。・・・」


著者は狸が大好きだったのだろう、か。
人家の近くで狸を獲って食べてたことは伺われる。頭の丸いのはくさいから食うな、と。食ってみたいけど。