「提言」の意義と限界

[提言]はまず、「自転車を主要な交通主体の一つとして明確に位置付け」ようとしています。
そして、自転車の「走行性能等を発揮するために」、「車道通行の原則を維持」する方針を示しています。
このことが道路交通行政に銘記されるならば、画期的な意義のあることではないかと思います。


しかし、自転車に等しく車道を走らせると危険なこともある。だから、小児など例外を定めて、歩道通行を容認せざるをえない。
こうした考え方は、米加州、独、仏など、外国にもみられるそうです。
今の日本でも、歩道から自転車を完全に排除するというのは、もはや現実的ではないのかもしれません。


車道が危険であるといっても、提言はそれを所与のものとして扱っているかのようにみえます。「提言」の限界がここにあると思います。
車道の危険も人がつくりだすものであるはずです。車道で自転車が自動車と共存するために、自動車運転者は如何にふるまうべきか。
こうした視点が「提言」に欠けています。自転車と自動車の共存を謳いながら、その具体的な内容はありません。
まず自動車運転者に対し、車道における自転車との共存について、運転免許制度のもと、徹底して教育と取締りを行うべきではないのか。
自転車の歩道通行容認はそのはるか先の方策ではないのか。
知識も技術も遵法意識も多様な自転車運転者が歩道で歩行者と共存するのは、容易なことではなさそうです。

自転車の車道通行禁止?冗談いっちゃいけねえ!

「提言」が今後の法改正や道路行政などの方針を示すものとなるならば。
自転車の車道通行禁止?冗談いっちゃいけねえ!「提言」にこう書いてあんだろ、なんて使いかたもできそうです。

そして、交通管理の観点からは、自転車自体の安全と歩行者等他の交通主体の安全を第一に考えなければならないが、そのために自転車の利用を抑制する方向に進むことのないよう配慮しなければならない。(15頁)

自転車の迅速・快適な通行を確保するためには、自転車道又は車道における通行空間を確保する必要がある。
この点について、自転車の歩道通行が認められている道路であっても、自転車の走行性能を発揮するような方法で車道を通行しようとする自転車があることを踏まえ、自転車の走行環境を整備する必要があることに留意すべきである。(20頁)

迅速な走行を行おうとする自転車利用者は、車道を(適正な方法で)通行するようにすべきこと(21頁)


懸念材料になりそうなのは、次の1行くらいでしょうか。

自転車が車道を通行することが特に危険な場合は、当該道路の自転車通行を禁止するなどの措置を講ずること

しかし、次のようにつづく。

など、個々の道路について交通環境の変化に応じた交通規制を実施するよう配慮する必要がある。


(5)自転車の走行環境の整備方法については、個々の道路ごとに、道路状況、交通実態等を勘案して検討すべきであり、警察と道路管理者、地域住民等が協議の場を設けるなどして、道路整備や交通規制の在り方等について関係者の意見を集約しながら整備を進めていくべきである。(21頁)

現行法下でも、立体交叉や橋などで自転車の通行が道路標識等で禁止されてるところがありますね。
都道府県公安委員会指定による規制ならば、それをひっくり返すのは、法令本則に比べればかんたんではないかと思います。

含蓄を読む

[資料]にも含蓄があります。
資料1、「京都議定書目標達成計画」が冒頭を飾る。
資料6、「欧米主要国における自転車の通行空間・通行方法について」、車道通行の原則と小児などの例外を示す。
資料8、「自転車マニュアル等における歩道通行の危険性の指摘」、北米大陸の例。「各出典元に基づき古倉委員作成」とあります。


そして、「おわりに」。

特に自転車の通行空間の考え方については、委員の間でかなり見解が分かれる面もあり、改めて自転車の多様性・多面性とそれゆえの取扱いの難しさが実感された。(26頁)

つまり、自転車が走るべきは車道か歩道かでもめたんでしょうか。
ということは?委員や出席者の中に車道通行禁止論者もいらしたんでしょうか。
それにしては、よくぞここまでまとめられたと思います。

本提言については、結果としては現実的な交通管理という観点に力点が置かれた面もあるかもしれないが、これまで、自転車に係る交通管理について本格的に議論されることが多くはなかったことからすれば、当懇談会において、自転車を交通主体の一つとして真正面から取り上げ、諸問題への対策を取りまとめた意義は少なくないと考えられる。(26頁)

繰り返しになるが、自転車は我が国交通社会において主要な交通主体の一つとして位置付けられるべきであるし、今後もその点は変わらないと思われる。(26頁)

これまで私も、「交通手段」あるいは「交通機関」 *1ということばを用いて、警察庁はじめ道路交通行政にいろんなはたらきかけをしてきました。
思いは共通するところがあるかもしれません。あながち徒労ではなかったのではという気もします。
今後の法改正など施策実現に向けて、「提言」がホネヌキにされぬよう、行動していかねばと思います。


いや、じつはこれが、自転車の車道通行禁止に到る大陰謀の序章なのか?
提言を読むかぎりでは、そうは思えないけれど。

*1:'05/4/25付「国家公安委員長殿」。

主要な交通主体

もしかしたら、「自転車の安全利用の促進に関する提言」はもっとトンデモないものになりかねなかったところを、かろうじて踏みとどまったのかもしれません。
自転車対策検討懇談会委員の古倉宗治氏の名が、本日コメント欄にてTessy3さんからご教示いただいた報告書の執筆者筆頭にもあります。肩書きは客席研究官。


国土交通省国土交通政策研究所「都市交通における自転車利用のあり方に関する研究」国土交通政策研究第58号、2005年11月。
報告書概要詳細(PDF:4.7MB)


概観すると。自転車を自動車に代替しうる交通手段と位置づけてその活用を図るため、現状の問題について整理し施策提言を行っています。
古倉氏の著作とは、じつは私も以前に出会っていたのでした。'05/2/8付「共通する立場」


石田久雄・古倉宗治・小林成基「自転車市民権宣言―『都市交通』の新たなステージへ」リサイクル文化社、2005年。ISBN:4434056077